【STORY】Vol.5 彼女が喜びそうな場所
カタカタカタカタ…。
オフィスの静かなフロアに、キーボードを叩く音だけが一定のリズムで響いていた。
晃介はパソコンの画面を見つめながら、最後のスライドを整えていく。
今週はクライアントのプロジェクトが佳境に入り、ここ数日は帰宅も遅い日が続いていた。
コンサルという仕事柄、忙しいのは今に始まったことではない。
それでも、ふとした瞬間に頭をよぎることがある。
(最近、ちゃんと彼女との時間を作れてないな…。)
晃介には付き合って3年になる彼女がいる。
お互い仕事が忙しい中でも、理解し合いながら支え合ってきた存在だ。
そういえば――。
晃介はデスクの端に置いてあったスマホに目をやった。
(もうすぐホワイトデーか。)
先月、仕事から帰るとテーブルの上に小さな箱が置いてあった。
開けると、シンプルなチョコレートと一枚のメッセージカード。
「いつもお仕事お疲れさま」
その一言に、思わず笑ってしまったのを覚えている。
(せっかくなら、バレンタインのお返しだけじゃなくて、日頃の感謝も伝えられるような時間にしたいな。)
晃介はスマホを手に取り、Instagramを開いた。
「デート」「東京」「おしゃれスポット」
いくつかキーワードを入れてスクロールしていく。
すると、ふと目に入った文字があった。
「代官山」
(代官山か…。おしゃれだよな。彼女こういう街、好きそうだな。)
そのまま代官山のカフェやお店をいくつか見ていると、ある記憶がふとよみがえった。
――この前の休日。
家でのんびりしながらテレビを見ていたときのことだ。
お昼のバラエティー番組で、
「最近の流行りはコレ!」という特集が流れていた。
そこに出てきたのが、よもぎ蒸しだった。
「最近よもぎ蒸し流行ってるみたいだね。
この前友達も行ってよかったって言ってたから、ちょっと気になってるんだよね。」
隣でテレビを見ながら、彼女がぽつりとつぶやいたのを思い出す。
(そういえば言ってたな…。)
晃介はスマホの検索画面に
**「代官山 よもぎ蒸し」**と入力してみた。
すると、いくつかのページが表示され、1番上の記事が目に飛び込んできた。
公式HP、Instagram、口コミ。
気になったものを一つずつ見ていく。
無農薬・無着色、国産のよもぎだけを使った
純度100%の「食べられるよもぎ蒸し®」
落ち着いた空間の写真も印象的だった。
さらに見てみると、完全プライベートサロンで
カップルや男性も利用できるとのこと。
(なるほど…。)
晃介は少しだけ想像してみた。
よもぎ蒸しで体を温めて、
そのあと代官山を散策して、
最後はどこかでディナー。
(メンテナンスデート、みたいでいいかもな。)。
そう思った瞬間、晃介はあることを決めた。
(よし。まずは下見してみるか。)
――――
週末の午後。
代官山駅を出ると、穏やかな空気が街を包んでいた。
晃介はスマホの地図を見ながら、駅前のカフェやショップを軽くチェックしていく。
(この辺のカフェもよさそうだな…。)
デート当日の動きを想像しながら歩いていると、
目的の建物が見えてきた。
ウッドデッキの階段が印象的な建物。
壁には、グレーの背景に白文字で
「YOMO~食べられるよもぎ蒸し®~」
と書かれた看板があった。
(ここか。)
階段を上りながら、少しだけ胸が高鳴る。
最上階に着くと、扉の奥から店長が迎えてくれた。
カウンセリングを受けながら、晃介は正直に話してみた。
「実は、ホワイトデーのデートで彼女と来ようと思っていて…
“代官山 よもぎ蒸し”って検索したらこのお店が出てきたので、
今日は下見で来てみました。」
すると店長は目を輝かせながら言った。
「えー!素敵~!!」
そのまま、当日彼女がより楽しめるようにと、
よもぎ蒸しのことをとても丁寧に説明してくれた。
その接客を受けながら、晃介は思った。
(ここにしよう。)
――――
ブラウンのマントに着替え、
ヒノキで作られた椅子へと座る。
蒸気がゆっくりと立ち上がり、
よもぎの香りがマントの中に広がっていく。
(おお…。)
晃介はサウナが好きで、よく通っている。
だが、これはまた全然違う感覚だった。
下からじんわりと体が温まり、
数分もすると全身から汗が流れてくる。
(15分でこんなに汗かくのか…!)
サウナとは違う心地よさに、思わず笑ってしまう。
そして終わったあと、さらに驚いた。
(あれ…?汗かいたのに、全然ベタつかない。)
肌はさらっとしていて、
体の内側から温まっているような感覚が残っている。
「手ぶらで来られる方も多いんですよ。」
店長の言葉に、晃介はうなずいた。
(これなら、このあとディナーに行くのも全然ありだな。)
すると店長が、ふと思い出したように言った。
「あと、女性の方だと軽くメイク直しできるものがあると安心かもしれませんね。」
(なるほど…。)
確かにこれだけ汗をかいたら、
女性は少し気になるかもしれない。
晃介はその場でスマホを取り出し、メモを取った。
さらにもう一つアドバイスがあった。
「よもぎ蒸しの後は血流が良くなっているので、お酒は飲まないでくださいね…!」
(そうなのか。)
本当はディナーでワインでも、と思っていたが、
晃介はすぐに考え直した。
(まあ、彼女はそんなにお酒飲むタイプでもないしな。)
せっかくのホワイトデー。
体を整えるメンテナンスデートなら、
それに合う食事のほうがいい。
(体にいいディナーのお店、探してみるか。)
――――
会計を済ませ、店を出る。
「ありがとうございました。」
店長の声を背中に聞きながら、
晃介はウッドデッキの階段をゆっくりと下りていった。
スマホのメモには、さっきのアドバイスが残っている。
(よし。)
次は、このあと行けそうな
ディナーのお店を探してみよう。
彼女が喜びそうな場所を思い浮かべながら、
晃介は再び代官山の街へと歩き出すのだった。
~続く